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山田涼太(経営・1年)

今回は山田涼太(経営・1年)のブログです。
優しく穏やかな性格の山田選手は、時折見せるユーモアでチームを明るくしてくれます。
そんな柔らかな雰囲気とは対照的に、日々の練習を一つひとつ丁寧に積み重ねる真面目さも彼の大きな強みです。
その人柄と競技力の両面で輝く山田選手の活躍にご注目ください!

こんにちは。自分のお世話係であるスピードスターの前川さんから受け継ぎました、経営学部経営学科1年の山田涼太です。いつも立教大学男子駅伝チームに温かいご支援とご声援を賜り、心より御礼申し上げます。2月も後半に差し掛かり、お世話になった4年生の先輩方が退寮し、新入生が入寮する時期になりました。1年は早いということを実感しながら、日々練習に励んでいます。

今回は初めてのブログということで、自分の競技人生について書きたいと思います。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいたただけると幸いです。

私は海とサザンオールスターズで有名な神奈川県茅ケ崎市で生まれました。私の陸上競技との出会いは、小学3年生の時に「ちがさきリトル」という地元のクラブチームに通い始めたことです。初めのころは、速く走ることができず、毎週辞めたいなと思いながら嫌々通っていました。しかし、身長が伸びたことによって、少しずつ速く走れるようになったことで、陸上競技の楽しさを感じるようになりました。週1回の活動でしたが、私が陸上競技を続ける原動力になっています。

中学校では、クラブチームの仲間と一緒に陸上部に所属することになりました。中学時代の恩師である斎藤先生の指導のおかげで力をつけることができ、全国大会で入賞するなど結果を残すことができました。また、湘南地区大会で私の中学校が総合成績で準優勝したり、県駅伝出場を果たしたりと、入部した頃からは考えられない成長をチーム、個人ともにすることができました。

神奈川県の高校駅伝界は1強ではないため、都大路に出場できないかもしれないと考えた私は福島県の強豪である学法石川高校に入学しました。高校3年間はうまくいかないことがとても多く、結果を出すことができませんでした。都大路もインターハイも出場どころか、メンバーにも入ることができず悔しい思いをしました。しかし、失敗を繰り返したおかげで人間的に成長することができました。また、仲の良い同期、先輩、後輩たちと一緒に寮生活をしながら、同じ目標に向かって努力したことはとても大切な思い出です。高校で苦しんだため、競技を辞めることも考えましたが、リベンジしたい気持ちが強く、大学で続ける決断をしました。私は持ちタイムも実績もありませんでしたが、高林監督が受け入れてくださり、立教大学で競技を続けることが出来ました。

2025年度も、競技面では悪い流れを断ち切ることができずに、高校時代の自己ベストすら更新できない日々が続きました。しかし、悪いことだけではなく、怪我をすることなく練習を積み上げることができました。結果には全く表れていませんが、ほんの少しは成長することができたと思います。しかし、このままでは箱根駅伝に出走するという目標を達成することも、高校時代の悔しさも晴らすことができません。そのため、今年こそは、結果を追い求める1年にします。また、箱根駅伝の慰労会の時に、高校の先輩の添田先輩と野口先輩が、「頑張ろう」と声をかけてくれて、結果を残したい気持ちがより一層強くなりました。その時の気持ちを忘れずに、2026年度は陸上競技に取り組んでいきたいです。

全く関係ないですが、ブログ更新日の2月23日はなんと私の姉の誕生日です。姉の地雷を自分が踏み続けるということを帰省の度に繰り返していますが、それなりに仲がいいのではないかと勝手に思っています。しかし、あちら側に聞いたらNOと答えると思います。家族やサポートしてくれる方々への感謝も忘れずに、日頃から取り組んでいきたいです。

長くてとても固い文章になりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。引き続き、立教大学駅伝チームへの温かいご声援とご支援をよろしくお願い致します!

次回は、立教大学のスーパーエースの馬場さんが担当します!!馬場さんはあの速さ、実績からは想像できない親しみやすい人柄と優しさが魅力の尊敬できる寮長さんでした。

馬場さんがどんな最後のブログを書くのかお楽しみに!!

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