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野口颯汰(経営・3年)

今回は、野口颯汰選手(経営・3年)のブログをお届けします。
チームNo. 1の練習量をこなし、箱根の山を力強く駆け下りてきてくれた彼は、チームの中でも皆から愛される欠かせない存在です。
そんな彼が、今回どんな思いを書いてくれるのでしょうか。
ぜひご覧下さい!

こんにちは。かわいい後輩の西澤から引き継ぎました経営学部経営学科3年の野口颯汰です。
箱根駅伝では、立教大学駅伝チームへのご声援ありがとうございました。結果は20位となり、とても悔しいものとなってしまいました。今年は4年生が抜けた穴が大きく、私たちがもっと成長しないと他校とは勝負にもなりません。さらに練習に励み、もう一度箱根駅伝に戻り、目標であるシード権獲得にチャレンジします。
さて、本題に入ります。早いもので、私が書くブログも今回で3回目となりました。昨年は自分にとって一番成長できた一年だったので、振り返りたいと思います。
昨年の箱根駅伝が終わり、結果は13位。シード獲得が目前だっただけに悔しい結果でした。私は当時、3週間前の5000mで15分40秒。大学に入ってからの2年間、思うように伸びることができませんでした。帰省期間に入り、大学2年生ということで成人式がありました。小・中学校の同級生とも久しぶりに再会でき、その際に「箱根駅伝頑張ってね」など、多くの方から期待の言葉をかけてもらいました。そうした声を聞く中で、せっかく大学に入ったのに、自分は何をしにここへ来たのだろうと思いました。何も成し遂げないまま時間だけが過ぎていくことが嫌で、帰省が終わったら練習にしっかり向き合おうと決めました。
帰省が終わり、本格的に練習が始まりました。昨年までは、指定された距離の中でも最低距離ばかり走っていたので、その日から「指定された最長距離を走る」と自分の中で決めて練習を行いました。最初は走る時間が長く、気持ち的にも体的にも辛かったです。
そんな中、2月初めに神奈川ハーフがありました。すぐに結果が出ないことは分かっていましたが、内心では64分前半、そして同期に勝つことを目標にしていました。結果は自己ベストの65分1秒でしたが、チーム内では最後。さらに、同じ練習をしていた同期の瀬川に負けてしまい、悔しさが大きかったです。
この神奈川ハーフを機に、「指定された距離だけではなく、もっと距離を踏まないといけない」と思い、1日最低30kmというルールを決めて練習に励みました。2月は週間210〜220km走りました。
距離は踏めていたものの、ポイント練習にはついていけず、ひどい時は1000mのインターバルで2本目に離れてしまうこともありました。3月の立川ハーフでは70分かかり、2月・3月はボロボロでした。
監督からは「普段の練習ができていないと、本番で練習以上のことはできない」と言われ、これまでのジョグのやり方などを改善することにしました。30kmをベースにしつつ、ポイント練習の朝練は控えめにする。ポイント練習の次の日は27kmと少し距離を減らすなど、状態に合わせて練習をアレンジしていきました。
新入生も入部し、3月終わりに新人合宿がありました。1年生と話す機会が多く、その中で向津とも話しました。向津は、練習の大半はジョグであり、ジョグが一番大切と言っていました。さらに、なぜ普段からジョグが速いのかを聞くと、青山学院大学などは普段から速いペースでジョグをしていて、それを参考にしていると言っていました。
そこで、ただ距離を踏むだけではなく、ジョグのペースにもメリハリをつけようと思い、その日からまたアレンジすることにしました。最初は離れることもありましたが、徐々にポイント練習の消化率が上がっていきました。
4月中旬には初めてAチームで練習を行いました。その練習ではAチームでも半分の人数しか消化できなかったのですが、私は消化することができ、それが大きな自信につながりました。これを機に、ずっとAチームで練習を行い、100%の消化率で走れるようになりました。
夏合宿も同様に練習をこなし、箱根駅伝予選会と全日本大学駅伝のメンバーに選ばれました。箱根駅伝予選会では馬場さんが欠場となり、かなり不安もありましたが、これまで練習を積んできた分、自信を持って走ることができました。結果は全体67位、63分22秒で、100秒ほど自己ベストを更新できました。
チームとしてはボーダーラインぎりぎりの10位で、本当に生きた心地がしませんでした。その時はただ、箱根駅伝本選に出場できて嬉しかったです。
全日本大学駅伝では私は3区に選ばれ、予選会で良いイメージができていたので、自信を持って挑みました。14位でタスキをもらい、前に追いつこうとペースを上げて走りました。しかし、2分50秒ペースで刻むのが想像以上にきつく、序盤から動きも呼吸もすべて苦しくなり、大幅に離れてしまいました。
結果は区間17位。前が見える位置でタスキをもらったのにもかかわらず、見えない位置でタスキを渡してしまい、チームに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。とても悔しかったです。さらに不運なことに、全日本大学駅伝が終わって1週間後に左足の甲を痛めてしまい、練習を途中離脱しました。すぐに復帰したものの、MARCH対抗戦では途中棄権。練習もなかなか踏めず、悔しい日々が続きました。
箱根前合宿が終わり、12月中旬に急遽監督から「6区を担ってほしい」と言われました。本来なら木代が走る区間でしたが、怪我からなかなか戻って来られず、原田は往路に回したいということで、私が選ばれました。
箱根駅伝当日は一斉スタートとなりましたが、全日本大学駅伝のように悪い流れにはならないよう、復路の流れをしっかり作りたいと思って走り出しました。私は、下りには自信があったので、思い切り下りました。前半では追いつけませんでしたが、宮ノ下あたりから前に追いつくことができ、良い流れが出てきました。しかし、そこから足がきつくなってしまいました。宮ノ下以降の下りでも想像していたタイムでは下れず、最後の平地では完全に足が止まってしまいました。
結果として監督の設定タイムである59分10秒は切れましたが、全体的にレベルが上がっており、59分02秒の区間13位。またしても悔しい結果となってしまいました。
チームとしても結果は惨敗で、今年は去年以上に頑張らないといけないと、チーム全員が実感したと思います。帰省後の練習も去年とは異なり、量も上がってきました。
私自身も今年からアレンジして、ジョグ終わりに毎回+400mを行い、スピードを意識してチャレンジしていきたいと思います。すぐに結果が出るとは思いませんが、まずは全日本大学駅伝の出場権を取りにいきます。今年は私がタイムを稼ぐ役割になれるよう、これから結果を出していきます。
長々と書いてしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。是非、これからも立教大学の応援よろしくお願い致します。次のブログは、いつも私と一緒に集団走で競っている向津です!彼はいつも練習熱心でjogのペースも速く、距離も多く私も負けじと頑張れます。ではお楽しみに。

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