今回は弓指浩史郎(スポーツウエルネス・1年)のブログです。
普段は温厚な人柄でチームから愛される存在で、時折見せるユーモアで場を和ませてくれます。練習では淡々と走り込み、神奈川ハーフでは大幅な自己ベスト更新を果たしました。勢いに乗る期待のホープとして、トラックシーズンでのさらなる飛躍にぜひご注目ください。
こんにちは。スポーツウエルネス学部スポーツウエルネス学科1年の弓指浩史郎です。
日頃より、立教大学男子駅伝チームへの多大なるご支援、ご声援、誠にありがとうございます。このブログを書いている3月6日に、次年度新たに立教大学駅伝部として活動を共にする新入生が全員入寮を終え、1年前の自分自身と後輩の姿を重ねながら、時の流れの速さを感じています。
今回は、「弓指浩史郎」とはどんな人間かということと、陸上との出会いについて知ってもらえるような内容にしていきたいと思います。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。
私は、鹿児島県の霧島市という自然豊かな町で生まれ育ちました。私には2つ上の姉と、3つ下の弟がいます。姉弟3人で多くの習い事をさせてもらいながら育ちました。最初に始めた習い事はピアノで、4歳の頃姉の練習を見て自分もしたくなり、中学卒業まで続けていました。ほかにも、水泳、毛筆・硬筆、ラグビーを姉弟3人で習っていました。習い事の多くは、姉がしているのを見て真似する形で始めたものばかりです。陸上との出会いは、習い事の中の一つであったラグビーです。ラグビーの先輩に、陸上の大会に出てみないかと言われ、流されるような形で出た大会で2位になり、翌年も2位、「次こそは優勝したい」という思いから小学3年生になったタイミングで姉と共に先輩が所属していた「国分ジュニア」というクラブチームに入団しました。国分ジュニアでは、陸上の基礎だけでなく、あいさつや礼儀など人として当たり前にできなければならないことを学びました。そして5年生になってようやく目標としていた大会で優勝をすることができました。その後国分南中学校という地元の公立中学校で陸上を続け、3年次には3000mで全国大会を経験することができました。高校は、地元霧島市を離れ日置市にある鹿児島城西高校という私立の高校に通いました。高校では2年目にチームとしては都大路に出場できたものの自分自身出走はかなわず、個人種目でもインターハイ地区予選で7位と、全国の舞台で戦うことはできませんでした。
もう一度全国の舞台に立ちたい、そして今度は全国で勝負できる選手になりたいという思いと、陸上を始めた時からあこがれを抱くようになった箱根駅伝に出走したい。そういった思いから関東の大学への進学を希望し、縁があって立教大学男子駅伝チームの一員として活動しています。
入学してから今日まで目立った成績はほとんど残せていません。先日神奈川ハーフでやっと家族や恩師などに報告できるような結果を出せたと思います。まだまだ全国で戦える力には遠いとは思いますが、入学時から比べるとスタートラインには立てたといえるのではないかと考えています。今年はチームとしても個人としても勝負の1年になると考えています。1年目は大きな怪我はなかったものの練習の中断が多くあったので、今後は怪我を減らしチームに貢献していけるよう練習を継続して主力になれるようにしていきます。
来年で陸上歴が、11年続けていたピアノを超える12年目に突入します。これまで続けられてきたのは自分だけの力ではなく、家族の支え、多くの縁に恵まれたことがあると思うので、感謝の気持ちを忘れずに残りの大学生活も全力で駆け抜けていきたいと思います。
これからも応援してくださる方々への感謝の気持ちを忘れず、箱根駅伝という結果で恩返しできるよう日々努力を重ねていきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。今後とも立教大学男子駅伝チームへの温かい応援のほどよろしくお願いいたします。

